大圃病院 副院長 原中喜源 医師

こんにちは。筑波山の西、栃木県との県境にある茨城県筑西市で医師として働いている原中と申します。このたびは一般社団法人理想の住まいと資金計画支援機構代表理事の峰尾茂克様より依頼を受け、特別養護老人ホームの実情についておおまかではありますが述べさせていただきます。
私は約15年の間、勤務先の病院に隣接する特別養護老人ホーム「筑圃苑」の嘱託医をしており、週2回以上入居者の回診をしております。

特別養護老人ホームとは簡単にいうと、原則65歳以上で要介護3以上の方が、24時間体制で介護サービスを受ける場です。要介護3とはADL(日常生活動作)が低下し、立ち上がりや歩行、排泄や入浴、衣服の着脱などを自力ではできずにほぼ全面的な介護が必要な状態をいいます。特別養護老人ホームの入居者には介護なしには寝返りもうてない、寝たきり状態の方も多くいます。また、余生を最期まで過ごすという前提で建物が設計されていますので、入居者ができるだけ快適に日々の生活を送れるように居室の広さは一定以上になるよう国の基準で決められていて、原則1室4人以下で、多くは2人部屋、4人部屋でその他に個室もあります。部屋の広さや同居人数などによって居住費が違います。基本的に一般の病院の病室と比べて広くつくられています。

入居者が日々の生活に退屈しないよう、定期的にカラオケ大会、七夕会、外食会、お花見会などのレクリエーションを行う施設は多く、私が嘱託医を務める筑圃苑では近隣の幼稚園・保育園児や小学生が来苑し演奏するなど、入居者の方々と交流活動をすることもあります。

現在、保育園の待機児童が問題となっていますが、特別養護老人ホームの待機者問題というのは更に歴史が古く、現在まで一度も解消されたことがないといっても過言ではないでしょう。筑圃苑を例にとると、入所を希望されて待機されている方が常に約100人おられます。入所検討委員会の審査を経て、より必要性の高い方から優先的に入所していただくことになります。入所検討委員会には役所の人間もメンバーとして入り、審査は公平に行われるため、いわゆるコネによる待機期間の短縮はありません。

では、申し込みをしてから実際に入所するまでにどの程度の期間を要するかというと、その時の状況によって数か月から3年程度までばらつきがあります。待機者の多くは、同時に複数の特別養護老人ホームの申し込みをしています。よって、当苑への待機順位1番の方の入所が可能になった場合、家族に入所の意志の最終確認の連絡をすると、すでに他の特別養護老人ホームへの入所が決まったということで、待機順位2番の方に入所の順番がまわってくるといったことがしばしばあります。また、自宅で寝たきり状態の待機者を介護していた家族が急死するなど何らかの事情で自宅での介護が継続不能となった場合はそういった待機者を最優先します。以上のような事情などから入所までの期間にかなりのばらつきが生じます。

特別養護老人ホームへの入所申し込みおよび入所手続きは、各施設の窓口に用意されている所定の用紙に必要事項を記入することのみで基本的には終了です。入居者の住所を特別養護老人ホームに移したい場合は、役所で通常の住所変更の手続きをしてもらったりしますが、基本的に難しい手続きはありません。

入居にかかる費用は、家賃や水道光熱費などの居住費、食費その他生活に必要な雑費などの合計となりますが、入居一時金はありません。居住費は相部屋か個室であるかで違いますし、料金設定は国の基準に従い各施設の条件に合わせて個別に決めているので多少のばらつきがあります。
その他の雑費も入居者の諸事情で違ってきますし、入居者や扶養義務のある家族の収入によって補助金などが違ってきます。よって、あくまで目安ですが特別養護老人ホームの月額利用料は相部屋の場合8万円前後からで、個室で13万円前後という施設が多いようです。
以上述べました内容の詳細は希望する特別養護老人ホームや各自治体の担当部署に問い合わせたり、インターネットで調べたりしていただければわかります。

以後は現場でないとなかなかわからない問題について触れていきたいと思います。
高齢者はほとんどの方が何らかの病気を患っています。特別養護老人ホームの入居者の方々も同様です。病気を抱えながら特別養護老人ホームでの生活を送るとなると、入居者のご家族の多くは病気が悪化した時の対応などに不安を感じています。
特別養護老人ホームには常勤の看護師はいますが、常勤の医師は通常いません。各特別養護老人ホームは嘱託医を定め、嘱託医が定期的に回診をし、必要に応じて往診をします。点滴や注射などの簡単な医療行為は嘱託医の指示を受けた看護師によって施設内で行うことができます。入居者の持病が悪化したり、その他の病気のために具合が悪くなったりした場合は嘱託医の往診を受けるか、施設の職員の付き添いで協力病院へ行き診察を受けることになります。
常勤の看護師がいるとはいえ、病院と違い特別養護老人ホームの看護師の勤務は24時間体制である義務はなく、また、慢性的な看護師不足より24時間体制にしたくてもできない施設がほとんどです。看護師の勤務体制が24時間でないことで入居者の中には施設にいられなくなる方もでてきます。

典型的な例をひとつ挙げてみます。例えばある入居者が風邪をこじらすなどで喀痰排出が常時あり24時間定期的に喀痰吸引をしないと窒息してしまう危険があるとします。以前は看護師以外にこの喀痰吸引作業はできなかったのですが、現在では一定の講習を受ければ介護職員でも鼻腔、口腔の浅い部位までの喀痰吸引は可能となっています。しかし、気管内まで吸引チューブを入れる作業は現在でも看護師でないと許されません。よって、夜間に気管内までの喀痰吸引が必要な入居者は夜間に看護師がいない施設では対応できないことになり、24時間対応可能な病院や他の施設に移動することになります。筑圃苑でも看護師の数が足りず24時間体制でないことで、夜間に気管内までの喀痰吸引が必要な入居者は病院での治療に切りかえることがしばしばあります。治療がうまくいき帰苑される方もいますし、そのまま病院での継続治療となり退所となってしまう方もいます。

このように、特別養護老人ホームでは看護師、嘱託医により、病院に行かなくてもある程度の医療行為は可能です。また、看護師の勤務が24時間体制である場合とそうでない場合の対応は上述のように差がでてきてしまいますが、全国的に看護師不足の影響もあり、看護師の24時間勤務体制を実施している施設は少ないというのが現状です。入居者のご家族の中には特別養護老人ホームに病院並みの治療体制を望む方もおられますが、それは不可能であることを入居時に説明し納得していただくこともあります。

次に時々ニュースになる介護職員による虐待についてですが、どの施設でも虐待があるのではないかと疑う方も多いでしょう。しかし、ほとんどの介護職員は大変な思いをしながら日々一生懸命に自分のするべき仕事をこなしています。入居者の中には認知症の影響などから介護職員に暴言を吐き、時には暴力行為に至る方もいます。しかし、そのような状況でも多くの介護職員は笑顔を忘れず忍耐強く入居者に接しているのです。介護職員で虐待を行う人間はごく一部です。各施設では虐待防止委員会などを設置し定期的に会議を開き予防に努めています。私が嘱託医をしている筑圃苑では入居者の顔にあざができてしまうなどの外傷が生じた場合、原因を必ず調査します。原因が断定できない場合は虐待などの可能性も疑わなくてはならなくなるわけですが、幸い当苑では少なくとも私が嘱託医をしている期間は積極的に虐待を疑うような入居者の負傷などはありません。

私はたまに「家族を特別養護老人ホームに入居させたいが希望する施設が信頼できるか心配だ」という相談をされることがあります。あくまでこれは私個人の見解ですが、良い特別養護老人ホームというのは、まず、職員の挨拶が笑顔でしっかりしていること、職員が例え意識のない寝たきりの入居者に対してであっても言葉をかけながら生き生きと接していること、入居者の服装など身なりが整っていて身体の清潔が保たれていること、主にこの3点が確認できればそれなりの意識を持って運営されている施設と言えると思います。特に入居者の身体が清潔であるということはいかにその施設で大切に扱われているかというひとつの証でもあります。

特別養護老人ホームの現場はまだまだ人員不足のために一人の介護職員への負担は相当大きいという現実があります。特に寝たきりの入居者の体位変換、入浴、食事の介助、おむつ交換など全てを介護職員が行うため、腰痛になったり体調を崩したりする者も少なくありません。そういった中でも、入居者を家族のように思い献身的に日々の業務にあたっている職員も数多くいます。入居者の中には身寄りがなく、よそに行くところがない方もおられます。そのような方にとっては他の入居者や施設職員は家族のようなものです。今後、社会情勢や国の方針などにより特別養護老人ホームの立場は変化していくかもしれません。しかし、どのような立場であっても入居者の日々の暮らしを支えていくことには変わりなく、現場では働く多くの職員がそのために日々奮闘しています。その中で私にできることはほんのわずかではありますが、今後も入居者の健康面について私なりに貢献していきたいと思っております。